長距離走者のひとりごと

DCT−65190が鉄道趣味とマラソンと京都サンガ、そして日頃思った事を書き込んでいます。
(容量の関係で、アップ後1年前後を経過した日記の画像は削除している場合があります)
2012年はいい年でありますように
今年はいろんな出来事があった1年でした。
2012年はいい年でありますように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この書き込みをもって今年の「長距離走者のひとりごと」は終了。
1月後半に再開予定。
2011年の出来事は後日再編集して書き込みたいと思います。

最後になりましたが皆様いろいろとお世話になりました。
ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

では・・・


ほななー(^^/
| DCT−65190 | - | 05:56 | comments(2) | - |
今年のラストラン、鈴鹿シティマラソン10kmに参加しました
1997年の第1回大会から欠かさず参加している鈴鹿シティマラソン
今年も参加しました。


去年同様、前日に現地入り。
遊園地の閉園まで1時間ほどあったので、わが子を遊ばせました。

ホテルのチェックイン後に温泉とバイキング形式の夕食。
食べ過ぎました(苦笑

そして翌日は5時30分に起床し、温泉とバイキング形式の朝食。
また食べ過ぎました(苦笑


8時30分過ぎにチェックアウトし、サーキットには9時前に到着。
着替えなどの準備を終えたのは9時15分頃。
9時45分までのスタートまで30分あまり。
ファンランじゃなかったら、絶対に焦っていたと思う。

今回参加するのは10km。
去年は47分台だったので45分〜47分にゴールしたいところ。

9時45分に男子10kmがスタート。女子はその5分後。
ちなみに普段のモータースポーツではゴールラインのところがスタートラインでした。
スタートと同時に緩やかな坂を上がり、シケインのあたりでダンロップコーナーへショートカット。
立体交差へ向けて走りましたが、今回は鈴鹿おろしがきつく、
思ったよりかはスピードを上げることができませんでした。

立体交差を越えた後の急な坂のヘアピンカーブを通過。
スプーンカーブを走っている時に見たことがあるサッカーウェアを着たランナーが私を抜きましたが、
よく見るとファジアーノ岡山(J2)のユニでした。
なぜかライバル心に目覚めた私は走力がほぼ同じということもあり、ペースメーカーに見立てて走ることにしました。
しかし最初から飛ばしてるなあ・・・200mも離された。いつかつぶれるぞ。

シケインを下り、メインストレートへ。
今回はメインストリート付近も応援エリアとして解放されていたので、
声援を受けながら走ることができ、気持ちよかったです。

メインスタンドが途切れたあたりで給水を受けて第1コーナーを走りましたが、
そこからS字コーナーまで続く急な上り阪はきつく、おまけに鈴鹿おろしのダブルパンチ。
足を前に出すので精一杯でした。
救いだったのは苦しみながらもレーシングコースを楽しみながら走る余裕があったこと。
S字コーナーの路面に残る、マシンコントロールを失ってタイヤバリアに突っ込んだことがわかる
タイヤ痕を眼で辿る余裕があったし。

何とか坂を上りきり立体交差とスプーンカーブへ。
ファジアーノのユニを着たランナーの距離は徐々に狭まってきました。
うまくいけば追いつくかも?

スプーンカーブを差し掛かろうとした時、背後からいかにも早そうなランナーが近づいてくるのがわかりました。
振り返ると女子のトップ(高校生?)で、颯爽と走っていきました。
彼女をペースメーカーに見立てて・・・と思いましたが、あと2kmとはいえアップダウンが続くコース。
それに女子のトップ。途中でつぶれてしまうのは間違いなし。

ペースメーカーにするのは諦め、スプーンカーブを抜けた下り坂でスパートをかけました。
途中、女子の2・3番手に抜かれましたが、自分のペースを守りました。
ファジアーノ岡山のランナーとの距離は縮まりましたが、相手もスパートをかけたようで、
思ったほど接近しませんでした。こりゃ逃げられるな・・・。

西ストレートからは前後のランナーとの間隔が広がり、完全にひとり旅状態。

130Rあたりで観覧車とメインスタンドが姿を現し、シケインの下りを使ってラストスパート。
でもファジアーノ岡山に追いつくのはもはや不可能。
それでもあきらめずに背中を追いかけました。

最後のコーナーからピットロードに進入し、声援を受けながらひとり旅状態でゴール。
ゴールして立ち止まった瞬間、一気にダメージが身体を襲ってきました。


記録ですが、
種目名 10.0km
種目順位 399位/1744人
部門名 10.0km40歳以上男子
部門順位 172位/709人
記録 0:46:46

でした。
とりあえずは目標クリア。
準備が万全じゃなかったことも思えばよく頑張りました。
でも世界的に有名な鈴鹿のコースを自分の足で走るのは何度経験しても楽しかった。


パドックで完走証とドリンク、そして温かいコーヒーを飲み、メインストレートで待っていた家族のもとへ。
その後夕方近くまでわが子と一緒に遊園地で遊びました。
#途中で妻にわが子を預けて温泉で疲れを癒しましたが


15時過ぎに鈴鹿サーキットを離れて白子から近鉄特急に乗車。
ビスタEXの階下席に座って帰阪しました。
| DCT−65190 | - | 23:05 | comments(0) | - |
9年ぶりの元日決戦
京都サンガ、横浜を破り天皇杯決勝に進出(京都新聞)
サンガ、9大会ぶり決勝へ サッカー天皇杯(京都新聞)
(京都公式)


いまだに信じられないです。
決勝まで勝ち進んだことが。
対戦相手のFC東京とはリーグ戦では1-4・1-6とボッコボコにされたけど、
あの時とは違う。
今は対等に渡り合えるだけの力はあると思う。

当日は実家でTV観戦の予定。
国立に参戦できないけど、FC東京にリベンジして、世間をあっといわせてほしい!
| DCT−65190 | - | 22:28 | comments(0) | - |
大阪マラソン完走記6(終)(住之江公園〜南港大橋〜インテックス大阪)
(心が折れそうになった住之江通)
住之江公園を右折し、住之江通へ。
ここから先はコース上をニュートラムの軌道が覆いかぶさり、
また高低差のある南港大橋や殺風景な風景が続く港湾部を走るという、
精神的にきついコース。
この時点では精神面ではまだ大丈夫だけど、どうなるか・・・。

地下鉄の駅やマグスミノエに近いこともあり沿道はかなり賑わい、その人達から力をもらいました。
そして国道26号線同様、沿道の人たちとハイタッチをしながら走っていきました。
しばらくするとマグスミノエにあるココイチからはカレーの匂いが・・・。
お腹がもたれてもいいからカツカレーが食べたくなった^^;

商業施設を通り過ぎたら沿道の応援が少なくなるだろう・・・と思っていましたがそんなことはなく、
ニュートラムの駅が近いこともあって応援は途切れることはありませんでした。
住之江公園から先はコースも景色も単調になり精神的に参るだろう・・・
と思って応援しているランナーに走る勇気と力を与える為と、
35km付近からだと集団もばらけるので容易に見つけやすいので、応援の人がここに来たのだろうか?

平林の手前で34km地点を通過。
メンタルは大丈夫だけど、太ももが重くなり歩幅も少し狭くなりペースダウン。

平林から南港口の間は緩やかながらアップダウンがあるコース。
日頃この付近を走っている私は熟知していたので問題ありませんでしたが、
多くのランナーは予想外の展開で驚いたのではないだろうか?

ちょうどそのあたりで「ランナーズプラス」の方々が応援に来ていたのでハイタッチしました。

緩やかな坂を上がりきったところで南港口を通過。
南港東まではそう遠くはないのですが、徐々に両足が重たくなり、
桜川からペースメーカー代わりにしていたチアガールを見失ってしまいました。
おまけに空腹でエネルギー切れ間近・・・。

34kmを通過した時点での32km〜34kmのラップタイムは12:09。
36kmを通過した時点での34km〜36kmのラップタイムは11:54。

徐々にペースダウン。


(南港大橋でサプライズ)
南港東を通過したところで右折しましたが、
目の前にはまだ先にあるはずの南港大橋が。
しかも「壁か?」と見間違えるほども急な坂でしたが、よく見ると阪神高速湾岸線の出口でした(苦笑
確かに南港大橋はこんなに急ではないし、それにまだまだ先。

フェリーターミナル駅を通過し、いよいよ大阪マラソン最大の難所、南港大橋へ。
たまに隣接する歩道を走っているとはいえ、35km以上を走ってきた身体で走れるだろうか?と思いましたが、
橋に差し掛かった時点では「あ、やっぱりこの程度か」と思いました。
これなら何とか渡る事ができるかも?

大きく腕を振り、笑顔を作ってリラックスしながら走っていると、背後から私の名前を呼ぶ声が・・・。
振り返ると、毎年大阪城のリレーマラソンでお世話になっているkanさんでした。
何でも京都サンガのユニを着ている人が通り過ぎ、顔を見たら私だったので声をかけたとのこと。
一緒に伴走しようかと思いましたが、足にトラブルが発生して思うように走れなくなったので
構わずに先に行ってほしいとのこと。
さすがに見捨てるわけにもいかなかったので、南港大橋の一番高いところまで喋りながら伴走しました。
下り坂で別れましたが、無事に完走できたんだろうか?

下り坂を利用して38km地点を通過。
38kmを通過した時点での36km〜38kmのラップタイムは12:02。
キロ6分台までペースダウン。


(そしてゴール)
橋を下り終えると、ここから先はコンテナヤードや倉庫群、そして空き地が続くコース。
太ももが重くなってきただけでなく、足の裏も痛くなってきたし、それに空腹。
殺風景な景色が続くけど残り4km。
ランで走りなれているコースだし気持ちも切れていない。
何とか走れるだろう。
それに応援もまばらだろうと思っていたら、ここでも多くの人が応援してくれていました。感謝。

500mほど走って左折し、目の前には港大橋。
あの近くまで行って左折すればWTCが見えるはず。
そう思うと気が楽になり、無意識に歩幅が広くなってスピードが上がっていきました。
そして南港大橋で足を使ってしまったのか、失速したり歩き出しているランナーが目に付くようになりました。

港大橋のあたりで左折してしばらくするとTV関係の人と芸能人が歩いているのが見えたので
追い越した時に見るとロザンの宇治原さんで、かなりお疲れのようでした。

振り向いて、
「あと2kmちょっとでゴールですよ」
「いやあ・・・わかってるんですけどねえ・・・」

と言葉を交わしましたが、確かに仰るとおり。
走る気力があっても足が悲鳴をあげていたらどうしようもない。

宇治原さんを追い抜いて40km地点を通過。
40kmを通過した時点での38km〜40kmのラップタイムは12:02。
残りは約2km。

相愛大学のあたりで右折。
あとは無事にゴールするだけ。
この時点では記録よりも楽しんで走る気持ちが上回り、手を振りながら走りました。

WTCに近づくにつれて声援は大きくなり、
「もうすぐゴール!」
「お帰りなさい!」

などの励ましを受け、何かこみ上げてくるものを感じました。
フルマラソンを走ることが楽しい、と思ったのは何年ぶりだろうか?

橋の手前の下りでラストスパート。
そして橋の下をくぐって信号を左折すると目の前にはインテックス大阪とミズノ本社ビル。
ゴールはもうすぐ。

ゴールに近づくにつれて声援はさらに大きくなり、
スパートをかけながら「もうすぐこんな楽しい時間も終わりやな・・・」と感慨に耽っていた時、
前方には玉造あたりで追い抜いたはずの川上直子さん(元なでしこジャパン)が走っていました。
北加賀屋で立ち止まっている時に追い抜かれたんだろうか?
その瞬間センチメンタルな気分は吹っ飛び、彼女を追い抜くことだけを考えました。
既にラストスパートをかけていたのでこれ以上スピードを上げることはできませんでしたが、
失速しなければ追いつきそうな感じでした。

スピードを維持したまま最後のカーブを左折するとゴールアーチが姿を現しました。
そしてゴール手前30mで彼女を追い越し、ガッツポーズをしながら歓喜のゴール!
タイムは4時間6分31秒。
4時間以内の完走はできませんでしたが、
最低目標である「歩かずに完走(一部給水所を除く)」は達成することができました。


(ゴール後)
その後、完走タオルとドリンクをもらって、完走メダルを首にかけてもらいました。
ヒザがガクガクしていなかったらひざまづいてかけてもらおうかと思ってましたが^^;

荷物を受け取った後にエスカレーターで3階の更衣室へ。
広々としていたので着替えた後もそこでくつろいでいました。

その後14時前にインテックス大阪を離れてコスモスクエア駅から地下鉄に乗り、
親戚がいる海老江で打ち上げに参加し、両親の実家を経由して20時前に自宅に戻りました。



大阪マラソンに関わったスタッフ・ボランティアの皆さん、そして沿道で応援してくれた皆さん。
本当にありがとうございました。
アツい声援が本当に力になりました。涙が出そうになるくらい嬉しかったです。
2012年も絶対に参加したいと思います。


そして両親や親戚、ご近所さんや妻やわが子にも感謝。
頑張っている姿を見せることができたと思います。



(第1回大阪マラソン結果)
ネットタイム:4時間2分00秒
総合順位:5674位/26149人
年代別順位(男子40歳〜44歳):1024位/3708人
| DCT−65190 | - | 23:11 | comments(2) | - |
今年のラストラン、鈴鹿シティマラソン
鈴鹿シティマラソンを走ってきました。

種目名 10.0km
種目順位 399 位
部門名 10.0km40歳以上男子
部門順位 172 位
記録 0:46:46



詳細は後日。
| DCT−65190 | - | 21:51 | comments(2) | - |
プノンペンに行ってきた
といっても飛行機でカンボジアではなく阪堺で堺ですが(^^;


12月11日放送のUSTREAM「さいばーとれいん・すとりーむ」で話題となった大分県日田市の「プノンペンそば」、
大阪にもあるということなので放送翌日の12日に行ってきました。

あ、グルメを語れるほどの人間ではないので、その点はご了承ください^^;


(参考)
大分県日田市 中華さと
大阪府堺市 プノンペン


お店に到着したのは開店して間もない11時過ぎ。
既に5人ほどが来店し、カウンターの中では店長夫婦が黙々とラーメンを作っていました。
カウンター席に座り、プノンペンそばを注文。
ちなみにこのそば、ピリ辛スープにセロリ、杓子菜、トマトなどの野菜がたくさん入ったそばで、
プノンペン帰りの人が引いてきた屋台の味を試行錯誤の末に再現したらしいです。


出てきたのは大きな丼に野菜がたっぷり入ったそばで、
麺が見えませんでした。
ますはスープを飲みましたが、確かにピリ辛。
でも強烈な印象は最初だけで、ヒリヒリする程ではありませんでした。
野菜ですが量が多いだけでなく歯ごたえがあり、そして美味しかったです。

「野菜好きで辛いのが平気」な人だったらオススメなラーメンかも?
今度は焼き豚入りを注文しようかな?

最後にお店の雰囲気ですが、店長は食材にこだわる程の職人気質で黙々と作っているせいか、
会話もほとんどなく、緊張感が漂っていました。
値段もプノンペンそば1,000円と他店と比べれば高めでした。
個人的にはそんな雰囲気の店も別にありかな?と思っているし、
ボリュームもあってそれ相応の値段だと思います。
| DCT−65190 | - | 22:38 | comments(0) | - |
大阪マラソン完走記5(芦原橋〜玉出〜住之江公園)
(いよいよ西成区へ)
芦原橋付近でなにわ筋を南下。
今から思えばここから1kmちょっとの道のりが一番きつかったです。
道幅が広くなって高層建築物が少なくなり、はるか先まで見渡せる道路を走り
ランナーだけでなく沿道の応援も若干少なめ。
精神的に参りそうになりました。

国道43号線を通過したところで西成区に入り、出城付近で左折すると状況は一変。
交互通行の2車線道路になって道幅は狭くなり、しかも道路沿いには古い住宅が立ち並び、
沿道の応援も地元の人ばかりで、みなさん熱心に応援してくれました。
沿道で応援してくれている人、そして一緒に走っているランナーと励ましあいながら笑顔で走ることができ、
ここで折れそうになった気持ちを取り戻すことができました。


(応援が熱すぎ^^ 国道26号線)
今宮工科高校の裏側を通り、国道26号線と合流して南下。
「ここから先は応援が寂しくなるなあ・・・それに玉出まで単調な風景やし」と思っていましたが、
沿道には地元大阪のおっちゃん・おばちゃんを中心にいろんな意味で熱い応援が・・・。
それが玉出まで延々と。
これはいい意味で予想外でした。
特に仮装などの目立つ格好のランナーには必ず声をかけて応援している感じで、
京都サンガの派手なユニで走っているせいか、何度も何度も見知らぬ沿道の人達が私を応援してくれました。
さすがに私の前を走っているペースメーカー代わりのチアガールには負けましたが^^;
しかもハイタッチを求めてくる人も多く、何十人とハイタッチしたことか^^
ただ、身体を右側に傾ける、不安定な体勢で走りながらのハイタッチになったので、
さすがに途中からは疲れてきました。
でもわざわざ沿道で声援を送ってくれている人達には応えなければいけない、というのもあったので、
疲れてきたらハイタッチの列が途切れたのを見計らって道路の真ん中に移動し、
余裕が出てきたらコースの端に戻ってハイタッチ、を繰り返しながら国道26号線を南下しました。

気持ちを切らさずに岸里を通過し、南海汐見橋線の鉄橋の下を通過。
沿道の人達は多少は少なくなりましたが、応援が熱いのは相変わらず。
そして玉出に近づくにつれて沿道にはあふれんばかりの人達が。
それと同時に玉出駅付近のマクドナルドや振込で利用している金融機関、
地下鉄の乗り場など見慣れた光景が姿を現し、
いよいよ帰ってきたんだな・・・というのを実感し、疲れもどこかへ飛んでいった感じがしました。

玉出付近で30km地点を通過。
近くのマクドナルドからはいい匂いが。
無性に食べたくなってきた(笑

26kmを通過した時点での24km〜26kmのラップタイムは11:11
28kmを通過した時点での26km〜28kmのラップタイムは11:15
30kmを通過した時点での28km〜30kmのラップタイムは10:56
見事なまでに安定した走り。


(実家通過、そして接待、そしてストップアンドゴーの繰り返し 南港通〜新なにわ筋)
玉出交差点を右折し、いよいよ両親や知り合いが待つ南港通・新なにわ筋へ。
親戚がいるかもしれない・・・と思い、沿道に視線を送りながら意図的にペースを落として走りました。

ココイチ、吉野家、ミスド、など見慣れた光景を眺めつつ、
「(市バスで通っている)このコースを自分の足で走ってるんやなあ・・」
と思いながら阪神高速堺線の下を通過。
同時にカレーや牛丼、ドーナツの匂いがコースを漂い、マクド以上に食べたくなりました^^;
確かにお腹が空いてきたなあ・・・。

阪急ストア、スギ薬局を過ぎたあたりで西成区と別れて住之江区へ。
ここから先は正真正銘のホームタウン。
地下鉄の駅が近づいてきたこともあり、玉出を過ぎて少なくなっていた応援の数も再び多くなってきました。

そして北加賀屋へ。
ここには私の両親が住んでおり、妻とわが子もここで応援しているとのこと。
前もって通過予定時刻は12時から12時30分の間・・・と伝えていましたが、
時刻は12時5分前。時間は大丈夫。
道路の右側を見ながら走っていると・・・2階では妻とわが子が窓から顔を出していました。
家の前で立ち止まり大きな声を出し、大きく身振り手振りでアピールすると、気づいてくれました。
妻は大きな声で両親を呼び、わが子は持っていたバルーンスティックを叩いて喜んでいました。
ちょっとだけ立ち止まって会話し、再びゴールへ向けて・・・の予定でしたが、
父親がいなかったことに気づき、一旦バック。
父親は家の近くにいたようで、何とか顔を合わせて会話することができました。

その後、近所の美容院や喫茶店の人にも声をかけてもらい、北加賀屋を左折して新なにわ筋へ。
次は住之江公園までの間にある給水ポイントでも立ち止まらなければ・・・。

32km地点を通過し、給水ポイントを通過・・・するはずでしたが、
ここでボランティアとして働いてきたご近所さんとバッタリ会いました。
もちろん?立ち止まりました。
しかも30秒ほどでしたが、まわりのボランティアの人と一緒に喋っていました^^;

まあ喋るのはいいんですが、
「この子はな、駅前の○○さんの息子や」(これはいいとして)
「前までちっちゃかったんやけどなあ」(かなり前の話なんですけど)
「小学生の時はいつも(以下略)」(いや、そんな過去の恥ずかしい話をせんでも)

などなど、完全な世間話&逃げたくなるような話をしていました。
給水を受け取ったランナーはその光景を見てどう思ったんだろうか?

給水所を離れて再び走り始めましたが、今度は給食ポイントで立ち止まらないと。
住之江競艇のあたりで給食ポイントがありましたが、品揃えの豊富なこと!
野菜、果物、まんじゅう、巻き寿し等・・・
大阪市商店会総連盟の提供とはいえ、大阪らしい食材ばかりでした。

ここでは商店会の会長と会うことができ、ここでは1分以上滞在しました(笑
「君が○○(居酒屋の屋号)の親戚か」
「ようここまで頑張った」

という会話やデジカメでの記念撮影だけでなく、
「これも食べ」
「それも持って走れ」

といろんな食材の接待攻勢を受けました(笑
#母方の親戚が海老江で居酒屋を経営しているんですが、その商店会に加盟しています
#親戚もボランティアに参加する予定でしたが、当日宴会の予約が入ったので不参加

正直たくさん食べたかったのですが、住之江公園から先が本当の勝負であまり立ち止まりたくなかったのと、
大量に食べるとお腹に負担がかかりそうだったので最低限の食材だけ頂きました。
それに息遣いも荒くなり、まともな会話ができない状態になってたし。

32kmを通過した時点での30km〜32kmのラップタイムは11:48
1分ほどタイムが落ちたけど、実家のそばで立ち止まったから仕方ない。


再び走り始め、住之江公園を右折。
ここからが本当の勝負。
| DCT−65190 | - | 12:39 | comments(2) | - |
移籍期間延長
サッカーの公式サイト風に報告を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
DCT-65190 期限付移籍期間延長のお知らせ 

この度「目の前に4年制大学がある京都府南部(以下、職場B)」では
「東大阪市と八尾市に隣接する大阪市(以下、職場C)」より
期限付移籍しておりましたDCT-65190の期限付移籍期間延長が決定いたしましたのでお知らせします。
なお、期限付移籍期間は2012年1月1日〜2012年3月31日となります。


【DCT-65190 プロフィール】
■本名
ブログのどこかで公表してるはず
■生年月日
昭和46年8月25日
■出身地
香川県
■身長/体重
182cm/64kg
■社員番号
非公表
■配属履歴
2009.2  目の前が大阪府な京都府南部(以下、職場A)に配属
(2009.12より職場Bでも勤務)
2011.2  職場Cに完全移籍
2011.10 職場Bに期限付移籍
■通勤時間
約90分前後
■通勤経路
自宅−(ホームドアがある地下駅)−(おけいはん乗換駅)−(職場A)−職場B
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というわけで来年3月まで留まることになりました。
正直なところ、完全移籍したいんだけど。
やっぱり自然が多いトコが性に合ってる感じ。
| DCT−65190 | - | 23:08 | comments(0) | - |
大阪マラソン完走記4(難波〜京セラドーム大阪〜通天閣〜芦原橋)
(意外と沿道の声援が大きかった 難波〜京セラドーム大阪)
難波付近で右折し、京セラドーム大阪へ。
ここから先は普段の練習や市バスなどで馴染みがあるコースで、いわばホーム。
精神的には多少は楽かも?

ここから汐見橋までの約1kmは阪神高速堺線が上から覆いかぶさり、
やっと高速道路が離れていったと思えば、今度は緩やかな上り坂。
普通なら気が滅入るところですが、コースを熟知していたのと笑顔で走るように心がけた事、
そして途切れない沿道の応援に励まされたのが幸いしたのか難なく通過。
そういや、このあたりから失速し始めたランナーを見かけるようになったなあ。

上り坂を難なく上りきり、左手に京セラドーム大阪を眺めながら北上して折り返し、
再び京セラドーム大阪のそばが見えてきたあたりで20km地点を通過。
18kmを通過した時点での16km〜18kmのラップタイムは11:04
20kmを通過した時点での18km〜20kmのラップタイムは10:59
上り坂があったにも関わらずタイムは安定していました。


(ペースメーカー発見 千日前通)
大正橋を左折して再び千日前通へ。
行きと違って今度は緩やかな下り坂でしたが、
対向車線や私の前方を走る多くのランナーが目の前に広がり、
なぜかうれしくなり同時にリラックスすることができました。

汐見橋駅を過ぎたあたりで頭上には再び阪神高速堺線が。
逆走とはいえたまに市バス(なんば−住之江公園)で通るルートで、
バスに乗って利用する道路を自分の足で走るのは不思議な感じがしました。
そして汐見橋のあたりで中間点を通過。
通過タイムは時計をちらっと見ただけでしたが、ちょうど2時間を過ぎたあたり。
4時間切りは無理な感じだけど、30km過ぎに立ち止まらなければならないポイントがあるので、
それ程悲観はしていませんでした。

難波に近づくにつれ声援が徐々に大きくなりましたが、何か違う雰囲気が。
後方から何ともいいようがない雰囲気を感じ、それは仮装ランナーがやってきたことがわかりました。
やがてその仮装ランナーが私に追いつきましたが、
よく見るとチアガールの格好で両手にポンポンを持った女性ランナーでした。
・・・正直言って、年齢は私よりもかなり年上でしたが(汗
ただ走るスピードは私とほぼ同じだったのでこの人の後方について引っ張ってもらうことにしました。

難波のあたりで右折すると目の前にはマルイや高島屋が。
それと同時に沿道には人だかりができ、声援もかなり大きく力になりました。
同時にこんな中を走ることができる自分自身が幸せ者だと感じました。


(今宮戎でサプライズ 難波〜通天閣〜芦原橋)
高島屋のあたりで右折し国道26号線へ。
ここから先はウインズ難波の行き帰りにランで使うコース。
なんばの熱烈な応援には及びませんでしたが、それでも声援は途切れませんでした。
途中でバナナを補給して大国町で左折。
目指すは通天閣が見える恵美須町へ。
しっかしチアガールの女性、常に沿道の声援に応えながら走ってるなあ・・。

南海今宮戎駅の高架下を通過した途端、沿道から私の名前を呼ぶ声が。
「誰やろ?」と思って沿道に視線を向けると、母方の富山の親戚が沿道にいました。
これには驚きました。
当日の私のウェアの特徴は言ってないし、それに応援に駆けつけるとは聞いてなかっただけに。
やっぱり「派手な」京都サンガのユニを着てたせいかも?
#聞いたところ、森ノ宮や御堂筋で待っていたものの見つけられなかったのでここで待っていたらしい

わざわざ応援に来てくれたのでしばらく立ち止まり、会話を交わして記念撮影^^
タイムロスしたけど、まあいいでしょう。
記録も大事だけど、こういう大会は楽しまないと。
それに気分的にも疲れが出始めてたんでリラックスできました。

恵美須町のあたりで折り返し、大国町を通過。
途中でペースメーカーのチアガールにも追いつきました。
しかしリラックスできたとはいえ応援が途切れ始め、徐々に疲れを感じ始めてきました。
顔から笑顔が消えそうになりましたが、メンタルが切れたらおしまい、と思っていたので、
無理やり笑顔を作るようにしました。
沿道から楽しみながらは走っているように見えるように・・・。

22kmを通過した時点での20km〜22kmのラップタイムは11:24
24kmを通過した時点での22km〜24kmのラップタイムは11:11
立ち止まったとはいえ順調なタイム。


芦原橋付近で左折し、なにわ筋を南下。
ここからが勝負。

(続く)
| DCT−65190 | - | 19:42 | comments(0) | - |
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