長距離走者のひとりごと

DCT−65190が鉄道趣味とマラソンと京都サンガ、そして日頃思った事を書き込んでいます。
(容量の関係で、アップ後1年前後を経過した日記の画像は削除している場合があります)
0系「こだま」とキハ48「つやま」
順番で言うと「京都シティハーフマラソン」が先なんですが、
旅の記憶が残っているうちに、こちらを先に。


7時15分頃に新大阪に到着し、待合室でしばらく過ごした後21番ホームへ。
737発車の635A(100系)を撮影した後、746に折り返し639Aになる620Aが到着。
21番線で撮影した後、20番線で先頭部や方向幕などを撮影。
私と同じように撮影している人も見かけましたが、ほとんどがビジネスマン風の30代以降の男性か初老男性。
若い人は皆無。
やってきたのはR64編成。
遠くで見るときれいな車体でしたが、いざ近づいてみると製造後20年以上経過していることもあり、
塗装で目立たなくなっているとはいえ、あちこちでヒビ割れがありました。

車内に入ると、デッキにはウォータークーラーがあったスペースは塞がれていましたが、
浜名湖を走行する0系新幹線のポスターはまだ残されていました。
また発車前に車内をホームから見回しましたが、指定席が団体利用もあって半分くらいの乗車率だった以外は
1両に7・8人程度でした。

809に発車。
車内放送を終えてしばらくすると車内販売がやってきたので、定番の?ホットコーヒーを注文。
加速の悪さと最高速の低さ、走行時の車体の軋みや揺れ、今となっては古臭くも感じ、懐かしくも感じました。
そして西明石までの約30分だけでしたが、車内販売時代を思い出しながら0系の乗り心地を楽しみました。


西明石913(641A)923姫路 B10
西明石で下車し、10分ほど停車する639Aを新大阪方面ホームから撮影した後、再び博多方面ホームへ。
次に乗車するのは700系使用の641A。次の姫路で下車。
天気がよかったのでホームで待つことにしました。

909に641Aが到着。やってきたのはB10編成。
2号車に乗車しましたが、貸切状態でした。
0系と比べると座り心地はよく、車内も静か。
車両も加速がよく、すぐに最高速に達しました。
かと思うとすぐに減速し、もうすぐ姫路。
10分だけしか乗らないのがもったいない位でした。


姫路1001(645A)1032岡山 K54
次に乗るのは100系使用の645Aで岡山まで。
「たこめし」を購入して新大阪方面ホームの待合室で待つこと約20分、
953に645Aが到着。やってきたのはK54編成。
1001までの発車の間に編成を撮影し、車内へ。

デッキに行くと公衆電話が撤去されて土台だけが残り、
洗面台近くにあったウォータークーラーも撤去されてそのスペースだけが残っていました。
元グリーン車(それかウエストひかり?)の座席を使っているのか座り心地はよく、
30分だけの乗車がもったいないくらいでした。

1001に姫路を発車。
その間、駅弁を食べながら大きな窓から風景を眺めていました。

1032に岡山に到着。
列車発車後はホームにとどまり、広島からやってきた636A(R63編成)を撮影してから在来線ホームへ移動しました。


岡山1115(急行つやま)1220津山 キハ48 1003-キハ48 5
次に乗車するのは急行「つやま」。
キハ58系時代には1998年に1回乗車したことがありますが、キハ48になってからは初めて。

13番ホームで列車の到着を待っていると、1101に折り返し急行「つやま」になる快速「ことぶき」が到着。
車両はキハ48 1003-キハ48 5の2連でリニューアル車。
方向幕は黒地に赤文字の「急行」、白地に「急行 つやま」と書かれたサボが差し込まれていました。

車内はボックスシートで車端部のみロングシート。ロングの箇所にはつり革がありました。
入線時はガラガラでしたが、発車時刻が迫るにつれて乗客が増え、発車直前には60人ほどに。
もちろんロングシートに座っている人もいました。
客層も沿線住民以外にもスーツを着たビジネスマンもちらほら見受けられました。

定刻に岡山を発車。
まもなく検札が始まりましたが、ほとんどの乗客(主に沿線住民)は車内で急行券を購入していました。
「つやま」は津山線自体が山間部を走行することもあり、ゆっくりと走っていました。
走りっぷりや使用車両は急行らしくなかったのが正直な印象。
ただ言えるのは、特別料金が必要なので普通列車や快速列車と違って車内は騒々しくなかったです。
途中駅には4駅停まりましたが、乗車は金川からのひとりのみ。
降車は弓削と亀甲でそれぞれ4人ほど。

定刻に終点津山に到着。
ホームに停車する「つやま」を改めて撮影し、今回の旅の主目的はこれで終了。
あとは津山→新見→岡山→播州赤穂→大阪で帰阪するだけ。


津山1243(863D)1421新見 キハ120単行
駅構内のコンビニでパンを購入し、新見行が発車する3番ホームへ。
しばらくすると扇型機関庫からキハ120が入線。かぶりつきができるロングシートに乗車。
乗客の数は20人ほど。

定刻に新見を発車。
この区間はキハ58系「つやま」と同じ時に乗車して以来。
あの時はキハ40ロングシート改造車。
列車は時速70キロ〜80キロで走行していましたが、基本的には車内はのんびりムード。
汗ばむような気候だったので、車内では冷房が入っていました。

10年以上前と違って沿線はさびれていましたが、それでも利用客はそれなりにあり、
車内は常に20人前後。
駅も委託駅が多く存在していました。

かつて優等列車が乗り入れていた中国勝山を過ぎると列車は山間部へ。
それまでの平野部や川沿いの区間から一転して急勾配やカーブが増え、所々に残雪も。
速度制限も厳しくなり、「25 雨15」という標識も。

定刻に新見駅2番ホームへ到着。
次に乗車するのは播州赤穂行。乗車時間約3時間の耐久レース。


新見1440(854M→1926M)1743播州赤穂 115系300番台3連
854Mが入線する4番ホームへ向かいましたが、
1423に発車するはずの「やくも18号」が30分遅れで運転しているアナウンスが流れていました。

14時30分頃に115系300番台の3連が到着。
車内を転換クロスに改装した編成ではなく、ボックスシートのオリジナル車。

定刻に新見を発車しましたが、遅れている「やくも」を先行させる為、1455に広石信号場の本線で臨時停車。
しばらくすると「ゆったりやくも」編成のやくも18号が副本線に入線し、すぐに発車。
854Mは約10分の遅れで運行しましたが、備中高梁で17分停車(1516-1533)のダイヤが組まれていたので、
備中高梁には定刻に発車。
備中高梁からはそれまでガラガラだった車内はボックスとロングシートに2人ずつ着席するくらいの混雑になりました。

岡山で列車番号が変わりましたが、予想に反して車内はそれほど混雑せず。
むしろ下車する乗客が多く、長船から天和の間は空気輸送状態でした。


播州赤穂1827(3524M)2013大阪 223系8連
8分の連絡で長浜行新快速と接続していましたが、食料調達の為、一旦下車。
駅近くのコンビニでビールを購入し、既に入線していた3524Mに乗車。
車両は223系8連。補助椅子はロックされていました。

ビールを飲みながら帰阪しましたが、相生を過ぎたあたりで踏切の非常発砲信号を受信した関係で徐行運転。
大阪には4分延着。
おまけに睡眠不足とすきっ腹にビールを流し込んだせいか、姫路から尼崎まで熟睡してしまいました。


0系ですが、夏までにもう一度乗車するつもり。それが最後。
つやまですが、運行時間帯を考えれば、
岡山から津山方面へのビジネスマンの利用を狙って設定した(残した)かもしれないです。
それと「津山線のステータス」として急行を残したのかも?
「急行砂丘」が全列車「快速ことぶき」に変わってたら、津山線は今以上にローカル線の地位に甘んじてたかもしれないし。
車両もキハ48だから、まあ許せる範囲内じゃないかと。これがキハ47だったら。


>寺西裕一?宮本英樹?それとも梶原誠?
当日の実況森谷アナウンサーでした。
普段は番組でふざけてるのに(除く競馬中継)、まじめに実況してたからわからんかった(ぉ


花粉症対策のマスクを忘れてひどい目に遭ったのは事実。
| DCT−65190 | - | 19:21 | comments(0) | - |









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